会員制の文章執筆サロン「ふみサロ」の合評会に今月も参加しました。
ここでは課題本を読んで、エッセイを書き、月に一回会員が集まって合評会を行います。
今月の課題本は『文豪たちの悪口本』彩図社文芸部・編でした。
こちらが、私が書いたエッセイです。
読んでいただけたら嬉しいです。
悪口を言うことによって、得たかったもの
『文豪たちの悪口本』を読んで、文章とはいえ面と向かって相手を批判することによって、文豪たちはその先に何を求めていたのだろうか、と考えた。
相手が非を認めて謝ったら、もう悪口を言いたくなくなるのだろうか?
自分の場合はどうだろうと思って、面と向かって人を批判したことってあったかなと考えたら、4年くらい前に、ある人を前に「もう、あなたのことは信用できません」と言ったことを思い出した。
相手は、食材配達会社の20代前半の男の子だった。
その食材配達会社との新規契約時の担当者の男性はとても感じの良い人だった。気遣いのできる人で気持ちよく利用させてもらった。
しかし、彼から新人に担当が変わってから、雲行きが怪しくなってきた。
人間だから個人差があるのはわかる。わかるのだけど、ありすぎる。
新人の振る舞いの一つひとつに違和感があった。
それでも、何かある度に「新人、新人、怒らない、怒らない」と呪文のように唱えながら耐えていた。
不在時の食材の置き場所がドアの前で、そのままの状態ではドアが開かなかったこと。
「そこに置かないでくださいね」と何度言っても「わかりました。次から気をつけます」としおらしく言うばかりで一向に改善しなかったこと。
小さな不満が積み重なっていく中、ついに、息子が楽しみにしていた夏休みの全員プレゼントのシールを届けてくれず、問い合わせても何週も忘れられるということが起きた。
ようやく聞けた回答が「シールは他の家に届けてしまったのでありません」だった時
「もう、あなたのことは信用できません」
私は、静かに低い声で言った。
その後、コールセンターに電話をして思いの丈を話し、所長に平謝りに謝られ、シールを送ってもらった。
けれど、そうしてもらって気づいたのは、欲しかったのは、謝罪でもシールでもなく「大切に扱われた」という実感だったのだと気づいた。
果たして、文豪たちは、それぞれ何が得たかっただろうか。