涙と笑顔のあいだ

ひといちばい敏感な小学生ひとりっ子男子の子育てを通し、母として成長させてもらいながら「ライター・小説家」になる夢も諦めない40代主婦のブログ

別れ際、言われて嬉しい言葉とは……

天狼院書店を辞めてから、3日経つ。

 

私は、基本、月、火、木の9:30~14:30にシフトに入っていて、3店舗を周り、お金関係の仕事のお手伝いを主にさせてもらっていた。

 

だから、3日間職場に行かないのはよくあることで、お正月も1週間も休ませてもらったから、まだ、辞めたという感覚よりも、休んでいる感覚に近い。

 

もう、今から、13年くらい前になるけれど、銀行を辞めた時も、自分から辞めたい気持ちになって、辞めたのに、辞めてすぐくらいには、楽しかったことやいいことばかり思い出していた。

 

今回も、すでに、いいことを思い出している。

 

いいことというのは、いくつかあるけれど、例えば、一回行くと、だいたい1万2千歩くらい歩いたこともそのひとつだ。

 

天狼院書店の店舗があちこちにある池袋の中も、相当歩くし、自宅から、最寄りの駅までも歩くのだけど、毎回、平均で1万歩は超えていた。

そのためか、結構、家に帰ってきてから、たくさん食べていたけれど、体重はそれほど増えなかったし、疲れにくくなった気がする。

とてもいい運動だった。

 

それがなくなってしまうのは、運動不足に、即なってしまうということで、とても怖いけれど、私が、例えば、散歩を日課にするとか、買い物は少し遠回りして、歩いて行くとか、自分ができる工夫で解決できそうなので、とりあえず代替可能な気がする。

 

でも、こうして、日常生活を送っていると、まず、できないことで、天狼院書店にいると自然にできていたことがもうひとつあるのだ。

 

ああ、そうだな。

このことは、なかなか、すぐにできないな。

どうにかして、できるのかもしれないけれど、なかなか難しいだろうな……。

 

もったいぶったような言い方をしてしまったけれど、私が、天狼院書店で働いて、とても嬉しかったのは、素敵な若者と出会うことができたことだ!

 

一番若くて、19歳の子と一緒に働いた。

年を聞いて、あまりにもびっくりして、

「え? 10代なの?」

って、大声で、聞き返してしまったほどだ。

彼女は、とても、大人っぽくて、字もすごく上手だった。

仕事も丁寧で、なんか、かっこよかった。

 

社員さんも20代が多いし、大学生も多い。

みんな、私が、その年齢の時とは思えないくらい、しっかりしていた。

 

そうした若者とは、日常生活の中では、なかなか知り合えない。

 

本当に貴重な機会だった。

 

それだけでも嬉しいのだけれど、もっと嬉しいことがあった。

 

今回、退職するにあたり、直接会えた人には、10日くらい前から、顔を見て挨拶をさせてもらったのだけれど、シフトの関係で、会えない人には、LINEなどでメッセージを送らせてもらった。

 

本当は、全員に今までのお礼とか、その人の良さとかを伝える文を書いた手紙を書きたいくらいだったのだけれど、ひとりひとりにそれを書く余裕がないのと、思いが熱すぎて怖がられるのも不本意だったので、文面をどうしようかなって迷って、結局、軽い感じのお別れの挨拶文にしてしまった。

 

しかし、そのLINEに対して、多くの仲間が、心を込めた文章を返してくれたのだ。

私が書いた最初の挨拶の文章が恥ずかしいくらいに、心を込めてくれていた。

嬉しかった。

遅ればせながら、さらに返信をし、思いを伝えることができたから、よかったけれど。

 

さらに、さらに嬉しかったのは、そのうちの何人かは「また会いましょう」っていう趣旨の言葉を言ってくれたことだ。

 

「また会いましょう」

とか

「また会いたい」

ってね、本当に、嬉しい言葉で、大好きだ。

 

実際に会うかどうかは別として、いや、もちろん、実際に会えたら、もっと嬉しいんだけれど、別れの時に「また会いたいな」って思ってもらえるってことは、本当に、有難いこと!

 

それから、何人かからいただいた返信の内容を見比べてみて、ちょっと自信がついたことがある。

 

それは、私は、結構、人に安心感を与えることが得意というか、できる人なんだなってこと。

まあ、見ず知らずの人によく道を聞かれるくらいだから、ぼんやりそれはわかっていたのだけれど、それは、結構、特別なことなんじゃないかなって思えたのだ。

 

確かに、私は、新しく、仲間に加わる人に

「ここは、安心な場所だよ、大丈夫だよ」

っていうメッセージを伝えたかったし

「不安なことがあったらなんでも聞いてね!」

って言って、安心してほしい気持ちが強かったしで、努めてそうしてきた。

 

なぜって、私が、そうしてもらったら、きっと嬉しいだろうと思ったから。

 

それが伝わっていたんだとわかって、本当に嬉しかったんだ。

 

長く居ても、アルバイトの人と仕事内容が違って、仕事面では、大したアドバイスができなくて、頼りない人だったかもしれないけれど、入口の段階で、少しでも役に立っていたとしたら、こんなに嬉しいことはない。

 

「また会いましょう」

「ご飯に行きましょう」

そう言い合った人とは、なるべく、予定を合わせて本当に会いたい。

 

ああ、そう言えば、私にも、若い頃、この人といるとなんか楽しいなって思う、年上のパートさんがいて、何かっていうと褒めてくれて嬉しかったな。

 

ここでの出会いに感謝し、大切にしていくとともに、これからも、老若男女問わず、出会えた人とのご縁を大切にしていこうと思う。

天狼院書店で働いて学ばせてもらったこと

昨日、1年と4ヶ月半勤めた天狼院書店を辞めました。

 

天狼院書店のスタッフのみなさん、顧問税理士事務所のスタッフのみなさんには大変お世話になり、仕事を通して、たくさんのことを学ばせていただきました。

 

店頭に立つことはほとんどありませんでしたが、それでも、間接的に関わらせていただいたお客さま、講師の先生方、取引先の方々にも、感謝の気持ちでいっぱいです。

 

経理の仕事を手伝ってもらえないだろうか?」

あの夏の日、社長に声をかけていただいたことから、私の人生は大きく変わりました。

 

ライティングゼミを受けて、お客として関わらせていただいた時にすでに、人生は変わり始めていましたが、スタッフとして、働かせていただいたことで、さらにそれは顕著になりました。

 

その変化とは、今まで、働いていなかった者が、働くようになったという目に見える変化ももちろんありましたが、今まで、持ち腐れてくすぶっていた知識や経験が生かされて、仲間の、そして、社会の役に立っていると実感できたことです!

そのことが、私にとって何よりもの収穫でした。

 

専業主婦の時期が長かったので、それまでの経験や、取っただけだった資格や知識がどれだけ社会で通用するのだろうか? と不安だったし、一歩外に出て、それを試す勇気すら、その時の私にはなかったのです。

 

でも、声をかけてもらい、社会復帰のきっかけを作っていただいたことによって、ああ、私でも、人の役に立つことがあるんだと、とても嬉しい気持ちになれたことには本当に感謝しています。

 

仕事も充実し、信頼してもらえる喜びも感じ、本当に有り難かったのですが、いつしか、仕事にのめり込むあまり、家庭と仕事のバランスを崩し、精神的に参ってしまいました……。

 

不器用で力不足ゆえ、一緒に働いていた仲間たちにご迷惑をおかけする形で辞めることは大変申し訳ないのですが、これからは、天狼院書店のファンのひとりとして、応援させていただきます!

 

私のこれからの活動ですが、まず、今年の4月までは、参加したクラウドファンディングのHSCの本作りメンバーの一員として、そのプロジェクトに注力します!

 

そのあとのことは、まだ決めていませんが、PTA役員としての最後の務めを果たしながら、「書くこと」か、何かその時の自分がワクワクすることをやっていきたい!

そして、現在小学4年の息子と一緒に過ごす時間も大切にしたい!

そう思っています。

 

これからも、天狼院書店で学ばせてもらった「体験することの大切さ」を胸に、たくさん本を読んで、実践していく人生を歩んでいきたいです!

 

今までの人生「守り」に回るばかりでしたが、ここで出会った人たちのおかげで、時には「攻め」ることが大切だと知ることができました!

 

本当にありがとうございました!

地域の親睦卓球大会に参加してきました!

今日は、いつも使わせてもらっている、息子の小学校の体育館の開放委員さん主催の「親睦卓球大会」に参加してきました。

 

毎年秋にあるPTAの試合と違って、小学校の体育館を使わせてもらっている地域の人がメインの試合です。

 

だから、かなり年配の方々が多い試合なのです。

 

私のチームは、いつものPTAのメンバー、つまり、30代から40代くらいの保護者がメインで、あとちょっと年上の先生と、一人だけ、息子と同級生の子のおじいさんがいますが、比較的若めのチームの扱いです。

 

一方、60歳代とか 70歳代とかのメンバーばかりのチームも多く、8チームの総当たり戦でした。

 

3セットマッチで2セット先取した人が勝ちです。

1試合は、ダブルス1ゲームとシングルス4ゲームです。

 

結果は、8チーム中6位でした。

 

個人的にも、6試合出て1試合しか勝てず、残念でした。

 

敗因は、2つあると思っています。

 

まず、1つ目は、決定打にかけたことです。

ラリーは結構つなぐことはでき、負けた試合も、競ったり、強い相手でも、それなりに点は取れたのですが、チャンスボールが来ても、打ち込むことができず、結果、ミスをしてしまい打ち負けたことが多かったのです。

 

2つ目は、やはり、気持ちで負けてしまったことかな? と思います。

 

勝てそうかな? と思った時に、いや、この人の方がきっと強いから、私が勝つわけはない……みたいな謎の不安に襲われ、負けてしまった気がします。

 

そう考えると、やはり練習量かな?

練習量が増えたら、「こんなに練習したんだもの、勝てるよ! 私も!」って思える気がします。

 

私よりも、卓球を始めたのが遅いママ友が、メキメキ上達をしているのを見ると、嬉しい反面、悔しい気持ちも湧いてきます。

 

それから、今日、年配の人が、あまり激しく動けるわけではないのに、強いのは、テクニックを使っているからだと思いました。

 

そうだ! 自分なりの勝ち方を研究してみよう!

 

なんて言いながら、私は、一体、どこに向かって、何をしようとしているのか、よくわからなくなってきました。

でも、せっかくやってるスポーツだから、楽しみながら、上達できるように挑戦してみみたいです!

 

あ、今回、結果は出せなかったけれど、バックハンドが上手くなったことと、それゆえに、スマッシュを打ち込まれなかったことは、いいところでした!

 

反省もするけれど、自分褒めも、少しはしよう! ということで、とりあえず、これも、書いておきます!

授業参観で息子が泣いた理由を先生にわかってほしかったから伝えた言葉

今日は、学校公開だった。

1時間目から4時間目まで、授業を参観できる日。

 

息子の先生は、今年度から赴任したベテランの先生なんだけど、息子を含めた児童たちとあまりうまくコニュニケーションが取れてなかったり、まあ、いろんな要因が絡み合って、夏休み明けくらいから顕著に先生と児童たちの関係性が悪化していった。

 

これが、学級崩壊っていうやつなのかもしれないと思いながらも、息子のクラスが「学級崩壊」とラベリングされることに正直戸惑いもあった。

 

異変に気がついた保護者が団結したり、学校が、ある程度対策を取ってくれて、保護者会も開かれたりして、それぞれのモヤモヤした思いも内に秘めながらも、今は一定の落ち着きを取り戻しているようにも感じる。

 

でも、その落ち着きは脆くも思え、かといって、大人が積極的に中に入って何かをするわけにも行かず、ただ見守るばかりの日々でもある。

 

先生だけが悪いわけでもなく、かといって、児童たちひとりひとりは話してみるととても素直ないい子たちばかりで、でも、やはり、何かの要因で、落ち着きは儚く壊れることもあるんだと肌で感じる。

 

息子はというと、一番関係性が悪化している時に、「授業にならないんだ」「落ち着かないんだ」と言いながらも、仲の良い子たちとの交流の楽しさの方が優っていたせいか、「学校に行きたくない」とは言わなかった。

 

だから、それでいいとするのは、違うかもしれないと思いつつも、かといって、「本当は嫌なんじゃないの?」なんて誘導するのも違うなと思っていた。

 

しかし、いざ何か嫌なことがあったと話してくれた時は

「そうか、それは嫌だったね。でも、先生も、人間だから、いいところもそうでないところもあるから、できるだけいいところを見て付き合おう」

なんて教科書に載っているようなことしか言えない私でもあった。

 

だけど、今日は、そんな私でも黙っていられなかった出来事があった。

 

とは言え、私はその授業を、最初から教室の中で参観していたわけではなかった。

転校生のPTA会費を集めたりと、動き回った後、その授業の3分の2が終わったくらいに教室に入った。

 

国語の授業で、各班で、解答を話し合い、誰が何を発表するのか決めて、班員全員で前に出て、班ごとに順番に発表するというものだった。

 

その順番は、別に番号順というわけではなく、側から見ると、先生がランダムに当てているように見えた。

 

結果、息子たちの5班は、班が7つあるうちの6番目に呼ばれて、前に出て発表した。

息子たちの班が呼ばれて、前に出るときに、息子は、机にしまった椅子を蹴っていた。発表するプリントも机に置き忘れるほど興奮していたようだった。

 

ふてくされるように出て行った息子を見て、私は、何をそんなに怒っているのかわからなかったし、たとえ、怒っているからと言って、椅子を蹴ることはやめてほしいなとすら思ってしまっていた。

 

前に出た息子は、どうやら、班の中で一番最初に発表をする係のようだった。

しかし、前につくと、イライラした態度のまま、今度は、目に涙をいっぱいためていた。

あれ? どうしたんだろう?

 

それでも、息子なりに、話し始めようとしたのだけれど、今度は、嗚咽が始まってしまって、声が出てこない。

 

「どうしたの? 喧嘩でもした?」

担任の先生は、息子が目の前で泣いていることに驚いて、班の仲間に聞いていた。

「いいえ、違います」

「じゃあどうしたの?」

「多分、なかなか当てられなくて嫌だったんだと思います。7班の後、5班って言ってたのに……」

班の仲間がそう代弁してくれた。

 

それを聞いて、私は、ああそうか、先生が約束を守らなかったことが嫌だったんだなって、その涙を理解した。しかし、

「ああ、待てなかったのか。泣かないで」

先生はそう言ったのだ。

 

いや、そうじゃないよ。

いや、そんなことで、息子は泣かない。

別に、順番が、後になったからって泣くようなことは考えにくい。

「待てなかったから」じゃなくて、約束を守ってもらえなくて、自分が大切にされなかったことが悔しかったし、悲しかったんだよ、先生!

 

私は、そうすぐにでも言いに行きたかった。

でも、それでも、どうにかこうにか、声は小さかったけれど、発表した、息子の頑張りを讃えたかったから、言葉は飲み込んだ。

 

席に帰ってきた息子は、感情を抑えきれずに、机にうつ伏せて泣いていた。

理由を確認したかったけれど、それを今すると、余計に感情を抑えきれなくなると思い、家に帰ってからにしようとした。

 

とりあえず、今は見守ろう。

 

息子も頑張ってるのだから、私も、ここは、一つ飲み込んで……。

 

多分、そのとき、私も、傷ついていたんだと思う。

それに、何が正しくて間違っているのかも、よくわからなくなっていた。

 

しかし、その授業が終わって、廊下に出たときに、他のママと話をしていたら、これは、母親として、先生に、息子が泣いた理由を説明してもいいんじゃないか? という思いが湧いてきた。

 

どうせわかってもらえない。

後、2ヶ月くらいでクラス替えだから、このまま、でいいや。

 

そんな気持ちもあったけれど、やはり、誤解されて、ただ息子が、順番を待てない、わがままな子だと思わせたままではなんか違うと思った。

 

ちょっと迷って、帰りに息子に、なんで泣いたのかを確認したら、私の想像と一緒だったので、

「大丈夫? お母さん、先生にその話しようか?」

と言ってみた。

息子は

「大丈夫。もういい」

と言った。

でも、ああ、これは、息子のためというよりは、私が納得していないんだなって思ったから、

「わかった。でも、やっぱり、お母さんが話したいから、話してくるね」

と言った。

そうしたら、息子は、頷いた。

 

息子は先に帰ってもらって、全員が帰った教室で待っていた。

すると、子どもたちを下駄箱まで送って行った担任の先生が、帰ってきた。

 

だから、私は、いつもお世話になっています……と言いながら、「息子が泣いていた理由は、単に順番が遅くなって待てなかったからではなく、『次』という約束が果たされなかったということへの怒りと悲しみだったと思うので、それだけはわかってほしい」ということを伝えた。

 

そしてその時、私が話す前に、帰りに、先生から息子に話しかけてくれたらしく、謝ってくれて、息子も一応納得したらしいことを知った。

 

それは素直にありがたかった。

 

先生の話だと、座っている状態のとき、息子の隣の席の女の子が泣いていたのが気になっていたらしかった。

だから、息子の班の発表は「少し落ち着いてからにしよう」って心で決めてたようなのだ。

 

そう言われたらそれも一理ある。

 

しかし、問題は、先生が言った約束が蔑ろにされたことが事実かどうかだ。

先生はそのことをどう思っているのだろうか?

 

「私は、外にいて聞いていないのですが、7班の後に5班、ということは、先生はおっしゃったんですか?」

と聞いてみたら

「言ったんでしょうね? 本人(息子のこと)が言うんだから」

と、本当に記憶がないように言っていたので、私の中で何かスイッチが入ってしまった。

 

自分が興奮しているのを感じた。

言わずにはいられなかった。

だけど、少々の冷静さは持ち合わせていたから、言葉は選んだ。

 

「授業はライブだから、もちろん、進行の変更があるのは当然だと思うのですが、息子は、見通しを立てて安心するタイプであり、ましてや、人前で発表することを、ひといちばい緊張するタイプなんですね。だから、急に理由もわからず、変更されると、不安になってしまうと思うんです。変更する場合は、できる限り、変更することとその理由について、その場で説明してもらえると納得できると思うのでありがたいです。このクラスにも、話の整合性を気にする子が結構いると思うので、先生がみんなのためを思って変えることについても、全体的に、ひとこと理由を説明してもらえたら、納得して安心する子が多いような気が私はします。先生が一生懸命対応してくださっているのはわかっています! そのことには感謝しています! 今後ともよろしくお願いします」

 

息子を含め、このクラスの子達は、しっかりした子が多いと感じている。

だからこそ、大人の話を聞き、納得して、ことを進めたいと思っている子が多いんだと思う。

子どもだから……

そんな理由で、理由も伝えず、大人の都合でいろいろ決めたり、変更する大人を子どもたちは信用できなくなってしまったのかもしれないな。

 

先生には、先生の事情があって、考えがあって、進めているのはわかる。

でも、もう少し、話をしてもらいたいな。

 

そう思いながら、自分は、それができているだろうか? と気になった。

できるだけ、息子のことを子ども扱いしないで、一人の人間として接してきたつもりだけれど……。

 

学校に子どもを預けていると、小さなことで、文句とか意見とかを保護者が言わない方がいいんじゃないかという思いが強くなる。

 

お世話になっているんだから……。

先生も人間だから……。

できるだけ本人の口から言わせよう……。

 

でも時には、うるさく思われることを気にしないで、敬意を払いながらではあるものの、親としての希望を伝えることはいいのかもしれないな。

 

何が正解かわからないけれど、今日は、これはこれで、よかったのかなと思う。

一気に押し寄せた、やるべきことの重圧に対応しつつ馳せる思い

昨日、体調を崩した息子だったけれど、少し横になったら、驚くほど回復した。

 

体調不良の原因がなんだったのか? それはよくわからないけれど、とりあえず、元気になったのだからよしとした。

 

ただ、嘔吐した時に力み過ぎて、顔中、内出血の赤い斑点ができてしまったのが痛々しい。

 

昨日大事を取って外出しなかったツケが今日巡ってきて、散髪だの、にんじん料理をした報告書書きだの、書き初めの清書だの、宿題の残りだのが山積していて、朝、本当に今日、息子は捌ききれるだろうか? と不安に襲われた。

 

それは、私自身が抱えている仕事や課題をちゃんとこなせるだろうか? という不安と相まって、朝食の準備さえ、気もそぞろでできなくなるほど、頭が真っ白になってしまった。

 

私は、いっぺんにやることがどっと押し寄せると、フリーズしたり、頭が真っ白になってしまうことが時々ある。

 

家族や、PTAで役員として一緒に活動している仲間は、私のその特徴? みたいなのを理解していて、「大丈夫? 今、魂が抜けてたね?」とか言って、茶化しながらも、受け止めてくれているから、なんとかなっているけれど、仕事中は、大体が、一人きりでやっていることが多いから、人に気づかれないのはいいのだけれど、自分一人で、どうにか、「魂」を戻さないといけない。

 

その方法は、何度もそんなことになっているから、やり方が大分上手になった。

①まず、自分が今、軽くパニックになって、どうしていいかわからなくなっていることを認める。

②「大丈夫だ。一つ一つこなしていけば、どうにかなる。きっとできる」と言い聞かせる。場合によって、昔、山登り(低山でハイキング程度だけれど)をして、つらい時も、小さな歩幅で、一歩一歩ゆっくりと歩を進めているうちに頂上に達したことを思い出しイメージする。

③余裕があれば、今、やるべきことを書き出す。そうすることで、頭の中で混乱して膨大に思えていたタスクが実は、それほど多くないことを視覚化でき、不安が少なくなる。

④じゃあ、どの順番で取り組めば効率的か、あるいは、優先するべきことはどれだろうか? と考えてみる。

⑤「はー」っと息を吐き切ってみる。

 

こんな感じに、対応すると、結構魂を戻せることが多い。

あ、ここでいう「魂が抜ける、戻す」はあくまでもイメージなので、表現の一つとして許してほしい。

 

しかし、このことができるほど余裕がない場合も結構あって、涙が出てしまったり、イライラしてしまうこともあるんだよな。最近は。

 

あと、最近思うのが、本当に、人によって、「大切だと思っていること」が違うんだなってこと。

私が大切に思っていることを、誰もが大切に思っているとも限らないし、反対に、私が重きを置いていないことをとても大切にしている人もいるということ。

 

つい、自分が大切にしていることの方を優先してほしいという思いにかられるけれど、それが正解とは限らない。

どっちが正しくて、どっちが間違っているとかではないのだ。

 

いわゆる価値観が違うというものなのかもしれないけれど、やはり、それが同じとか近い人と一緒に過ごすと心地いいけれど、うっかり価値観の違う中に迷い込んでしまうと、息が詰まったり、無理をして辛くなってしまうものだなと思うのだ。

 

常識を疑ってみること。

 

それは、子どもの頃、いわゆる優等生的だった、私に取っては、すごく大きな改革だし、とても怖く感じることでもある。

でも世の中の動きを見ていると、つい、この前まで、「普通だったもの」が、今や過去のものになっていることがある。

過去になっているだけなら、まだしも、「間違っていた」なんてことになっていることもあるし……。

だからこそ、自分の頭で考えて、心で感じ、どうしたいのか、どうするのか、選んで行くことが大切なんだと感じる。

 

違う価値観の常識に流されていると、自分が小さく感じることもある。

だから、お互いを尊重するためにも、離れるという選択肢を選ぶことも必要な時もあるんだよな、きっと。

 

そうはいっても、まだ、確固たる覚悟のようなものができなくて、あまり波風を立てず、もめずに行きたい気持ちもあったりするんだ……。

 

少しずつでも、自分の中の正直な思いを、自分自身が認め、行動に結びつける勇気を持って、進んで行きたい。

 

 

正月明けの息子の嘔吐

昨日から、息子が散髪に行きたいというので、今日連れて行くつもりだった。
しかし、今朝「気持ちが悪い」と言って、嘔吐した。
お腹の風邪かな?
眼精疲労かな? 
最近は、具合が悪いと言っても鼻風邪くらいだったから、嘔吐され、一瞬、怯んだ。
泣きながら、嘔吐する息子。
そうだよな、吐いたり、熱が出たりするとなんだか悲しくなって泣いちゃうよね……。
そう思いながら
「そっか辛いね、でも大丈夫だよ」
と背中に手を置いた。
何をしてあげることもできないけれど、ただ側にいて気持ちを寄り添わせる。
私も、幼い頃、母が側にいてくれるだけで、安心したな。
目に見えないけれど、目に見えないからこそ、安心感って大切だよな。
さっきまで、ぐったりしてたけど
「こたつは、すぐにあったかくなるけれど、水分が取られる。布団は、なかなかあったかくならないけれど、水分が取られない」
とか、つぶやき始めたから、じきに、回復するだろう。
かよわいようで、たくましく、ホッとする。
こたつに入ってのぼせただけかな?
そうだったらいいな。
 

毎年同じようで違う三が日の過ごし方

毎年恒例だが、元日は、家でゆっくりし、近所の神社へ初詣に行く。

1月2日には、旦那の実家へ、そして、3日には、私の実家へ行く。

こちらからの手土産は、旦那の実家へはおせんべいを、私の実家には、ナボナを買って行く。

 

今年も例年通り、昨日は旦那の実家へ行って、今日は私の実家へ行った。

 

旦那の実家では、おせち料理とお寿司をいただき、どこかに行くわけでもなく、居間で雑談し、テレビをみて、夕方帰る。

 

私の実家では、ケンタッキーフライドチキンとポテト、そして、母の手作りのいなり寿司をいただく。

今年はそこに父が作ったというもやしとカニかまときゅうりのサラダが加わっていた。

薄味でなかなか美味しかった。

旦那の実家と違って、うちの実家では、毎年、私の兄も交えて、両親、旦那、息子、私の6人でゲームをする。

UNO率が高いが、トランプをするときもある。

今年は、 UNOと防災カードゲーム『シャッフル』をやった。

 

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UNOは言わずと知れたゲームだけれど、『シャッフル』はイラストが気に入って買ったものであり、持ち主の私も、やり方はあまりよくわかっていなかった。

一度家族3人でやったのだけれど、なんだか難しくて、おもちゃ箱の奥に入ってしまっていたのを、年末の大掃除で発掘し、持っていったのだった。

 

このゲームの趣旨は、「災害時に役に立つ情報を遊んで身につける!」というもので、勉強になる。

例えば、「AEDの使い方」が4つの手順に分かれていて、ゲーム中、その4枚目を場に出した人が、その手順を並べて回答する権利を得るのだ。

で、正解だと、ポイントがもらえ、不正解だと、何ももらえないというものだ。

だけど、そこに至るまでのやり方の説明文を読んでみると、いくつかの解釈ができるので、ちょっとゲームの進め方に迷ってしまう感じなのだ。

いや、カードのせいにしてはいけないな、理解力が不足しているのかもしれないから……。

 

それなりに盛り上がったものの、その後やったUNOの方が、全員がやり方をよくわかっていたので、単純に楽しめた。

それでも『シャッフル』のイラストは大好きだから、嫌いにはなっていない。

 

そして、夕方実家を出た。

 

毎年同じようで、毎年違う時間。

それぞれが、楽しいことや、辛いことを経験したり、笑ったり泣いたりしながら過ごした1年後、また、一堂に会せることは、当たり前でなく、尊いことなんだと思う。

 

昨年は、義母が肺の手術をしたし、母は目の手術、父は肺炎で入院したんだった。

今年も大変なことが待っているかもしれないし、思いがけず楽しい出来事があるかもしれない。

 

いろんなことがあっても、また来年のお正月に「あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!」って言い合えることを願って、三が日を終えることにしよう。

 

今日も息子と旦那と一緒に夕焼けをみて、ああ、お正月が終わってしまうと思うと、ちょっと切ない気持ちになった。