ちょうどひと月前に、会員制の文章執筆サロンに参加しました。
その名も ふみサロ です。
ここでは、課題本を読んで、エッセイを書き、月に一回会員が集まって合評会を行います。
先月のちょうどその合評会が終わった直後に参加し始めたので、昨日2020年9月24日が私にとって初めての合評会でした。
今月は「ツレがうつになりまして」が課題本でした。
こちらが、私のふみサロ初めてのエッセイです!
読んでいただけると嬉しいです!
「夫がうつになって伝えあえたこと」
私の夫もうつになったことがある。
「ツレがうつになりまして」を読んでその話を書こうと思ったら、もう曖昧な記憶しかないことに気がついた。
引っ張り出したメモから、11歳の息子が2歳の時のことだと思い出せた。
断片的に覚えていることもある。
ある日、夫が布団の中で号泣していたこと。
息子を私の両親に預けて、一緒に心療内科に行ったこと。
うつ状態と言われて会社を休職した翌日の、穏やかだけど寂しそうな夫の横顔。
家族がうつになったら「温かい無関心」が大切だと聞いて、なるべく普段と変わらず、私はご機嫌に過ごそうとしていたっけ。
3ヶ月経って復職したのに、給湯室の水道の水が流しっぱなしだったことが原因で「まだ良くなっていない」と判断されてもう3ヶ月休職が伸びたことは意外にキツかったな。
その休職も解け、いよいよ職場に復帰した頃だったか、夫に手紙をもらった。
水色の封筒と便箋に丁寧に書かれた文字が並んでいた。
そこには、結婚して息子も生まれて幸せだということが書かれていて、うつになってしまって申し訳ないと書いてあった。
そして、思いがけない言葉「生きていて存在していてくれてありがとう」とも。
人は、何の成果も出せなくても、何か行動を起こさなくても、ただ存在しているだけで価値がある。
そう聞く。
けれど、現代社会の中で、そうだ、その通りだと思い、うかうかしていると取り残される気がしてしまう。
それでも、夫がそう思ってくれているんだ、と思うと力が湧いてくる。
夫がうつ病になってうろたえた私は、毎日の挨拶とたわいない会話だけをして、旦那の自由時間を黙って見守っていることしかできなかったけれど、そのことが、「あなたはそのままここにいていい」というメッセージになっていたとしたらいいな。
何かを成し遂げること、行動することは素晴らしい。
しかしその前提は、ここに存在していること、なのだ。
そして、今、確かに、ここに存在している。
合評会では参加者同士で感想を言い合ったり、サロンの主催者の城村典子先生や後藤勇人先生もアドバイスをくださいました。
いただいたご意見と自分の反省点も踏まえ、少し書き直しました。
今まで、2000字とか5000字とかを目指して書いていたので、ここでのルール800字というのは私にとって新たなハードルです。
文字数が少ない分、本当に伝えたいことに絞らないとうまく伝えられない。
それに、改めて、ふみサロのみなさんの文章力に圧倒されました。
そして、もっといい文章を書けるようになりたいと思えました。
ふみサロに入って本当によかった!
今、そう思っています。
来月もまたチャレンジしたいと思います!