息子の夏休みの宿題に付き合いながら、毎年、自分が子どもの頃のことを思い出します。
その中で、毎回思うのは、私は本当に『自由研究』が苦手だったな……ということです。
『自由』
そう言われると固まる自分がいます。
解き放たれて、ヤッター! と思うよりは、放り出されて、不安になる気持ちが強いのです。
学校というところは、やるべきことが決まっていましたし、あるべき姿もわかったので、それに従って行動すればよかったし、私は短大を卒業して、すぐに銀行に就職したので、銀行もマニュアルがはっきりとある場所だったので、それに沿って行動していました。
私にとって「きちんとすること」がある意味、とても楽だったのです。
それでは、よくないと思い始めたのは、銀行で働き始めて10年くらい経った頃のことでした。
マニュアルでは対応できない問題を、それまでは、上司や先輩の指示で対処してきましたが、自分がある程度先輩になった頃、聞かれる側になって困ったのです。
自分の判断に自信がなくて、とても不安だったのを覚えています。
それでも、なんとか乗り切って、銀行を退職した後、子育てが始まりました。
子育ての何が辛いって、答えがないことだったのです。
「育児本」って、学校でいう「教科書」や銀行でいう「マニュアル」のようなものだと思っていたら、とんでもありませんでした。
ただの「ヒント集」「体験談」のようなものでした。
目の前の赤ん坊をどうしたらいいのかは、全く書いていませんでした。
愕然としました。
それでも、保健所や小児科の先生や、ある程度アドバイスしてくれる人もいましたし、いろいろ手探りで読んでいた「育児本」の中に、自分にとっての「超ヒント本」を探し当てたので、それらに救われました。
そして、現在も、目下、子育て中です!!!
戸惑いながら、試行錯誤しながら、自分と息子の「いい塩梅」を探し続けています!
今も、『自由』は苦手で、息子もその系統? を引き継いで苦手なようです(^-^;
本当は、得意であってほしいけれど、自分でできないことについては、なかなかいいアドバイスができませんね。
だから、私自身が、少しずつ『自由』というか、『自分の本当にやりたいこと』に取り組むことで、息子にも、「やりたいことをやっていいんだ!」って思ってもらえるように、行動していけばいいのかなと思います。
『自由』が苦手と言いながら、本当に私たちは、恵まれたいい場所、いい時に、生かされているんだとも思います。
『自由』をわざわざ求めなくても、『自由度』はかなりゆるされているんだと思います。
そのことに感謝することを忘れないように、進んで行きたいと思います。