私は、ひといちばいモヤモヤを抱えやすいようだ。
今日もささいなことでモヤモヤしている。
モヤモヤすることはあまり気分がいいのものではなけれど、モヤモヤ、つまり違和感にフォーカスすることで、自分が大切にしている、あるいは、大切にしたいことを知るきっかけになると思うので、今日も、敢えてモヤモヤに向き合ってみようと思う。
今日のモヤモヤは、「息子が行きつけの1000円カットのお店のスタッフさんが1人体制になっていたこと」だ。
今日のモヤモヤはこれだと言い切ってしまったが、もしかすると、本当のモヤモヤはそれではないかもしれない。
別に、1人体制になっていたって、許容範囲の待ち時間でカットしてくれたら、さほどモヤっていないかもしれないからだ。
ちょっと掘り下げてみよう。
実は、息子は2ヶ月に1度髪の毛を切ってもらっている。
そこの1000円カットはもう随分前からお世話になっているお店だ。
かれこれ8年くらいお世話になっているだろうか。
1000円カットのお店なのに、おもちゃの車の形をした椅子に座って、DVDを見ながら切ってくれるサービスがあると知ってお世話になったのが最初だった。
HSC(ひといちばい敏感な子)である息子にとって、新しい環境に馴染ませることは容易ではないけれど、逆に、一度馴染むと、そこ以外に行きたがらないので、さほどの抵抗なく馴染むことができたそのお店は本当に貴重であり、ありがたいお店なのである。
2ヶ月に1度の割合で8年となると、単純計算で、48回。
もう、それくらいお世話になっているのだと思うと感慨深い。
スタッフの方は、結構長く働いているイメージだけど、それでも、オーナーと思われる人以外は何度か変わっている。
感じのいい人もいれば、ちょっとキツイ人もいたけれど、息子はもはや「人」よりも「場所」に慣れているので、変えたくない感じなのだ。
今回も、そろそろ2ヶ月経つということで、その近くの耳鼻科に行ったついでにパパッと切ってもらおうと思い1000円カットのお店を覗くと、オーナーと思われる人とずらりと並んだお客さんに、私たち親子の姿を捉えられた。
「1人でやってるので、1時間以上待ちますよ」
そう言われて、30分待ちだと言われて出てきた耳鼻科の待ち時間との兼ね合いを計算し、
「そうなんですね。わかりました。また出直します」
そう行ってドアを閉めた。
今思えば、どうにかその日のうちに髪の毛を切ってしまえばよかったと思う。
しかし、その時は、「その日だけ」1人体制だと思っていたのだ。
スタッフがみんなインフルエンザになってしまったのかな?
1人で大変だな。
週末くらいには、元気になるかな?
その時にお世話になろうかな?
そんな風に考えていたのは12/24(火)のことだ。
その3日後の12/27(金)にまた耳鼻科に行ったので、ついでということもあり、1000円カットのお店に行ってみた。
遠くから見て、自転車が1台も止まっていなかったので、お! 今日は空いているラッキーと思い近づいて行ったら、シャッターもしまっていた。
やっつけな感じで貼られた12月のカレンダーの27日のところに「休」と太いマジックで書かれていた。
なんだ、今日は休みなのか。
年内休みかと思ったら、30日の午前中まではやっていそうだったので、出直そうと思い、その日は諦めた。
翌日の12/28(土)今度は買い物ついでにお店の前を通った。
もしも許容範囲の混み具合だったらお世話になろうと思って近づくと、外にまで人が溢れていた。
ドアの外に
「常時1人体制のため、名前を書いてお待ちください」
と書いてあった。
それを見て、もう一人ひとり説明することに疲れたのだろうということが伝わってきた。
そして、オーナーが辛い思いをしながら1人で働いているのかもしれないという思いがして私がなんだか辛くなってしまった。
「今日もやめておこう」
息子にそう言って諦めた。
そして今日12/29(日)にも行ってみた。
今日は、「1000円カットに行き息子の髪の毛を切ってもらう」ということがメインで出かけた。
多少の待ち時間だったら待つぞ! 1時間だったら待とう、そう思っていた。
お店のオープン9:30には洗濯物を干してからは間に合わず、10時を少し過ぎてしまったのだけど、想像以上に人が溢れていた。
とりあえず、中に入り、名簿の待ち人数を確認すると10人待っていた。
1人10分とすると、2時間近く待つ計算になる。
今、2時間待つのか? 待てるかな?
今思うと観念して書いてしまえばよかったのだろうと思うのだけど、その時は、「別の店に行く」という選択肢を取りたくなった。
なんかその空間にずっといることがつらく感じたのだ。
私は名簿には書かずに出てきて、外で待っていた息子に
「ここだと2時間近く待つことになりそうだから、お父さんの行っている別の1000円カットに行ってみない? そこの方がスタッフの数が多いから、もう少し待ち時間が少ないかもしれないよ」
と提案した。
「わかった。じゃあ、そうしてみる」
息子がそう言ってくれたので、少しホッとして、その別の1000円カットに行ってみたら、なんと30人以上の人が行列をなしていた。
しかし、スタッフは4人くらいいたから単純計算でさっきよりはマシだ、と思った。
私が徐に列の後ろに並ぶと、息子の顔がみるみる曇った。
「並びたくないの?」
そう聞くと頷いた。
「今日、切らないと、年内にはもう髪の毛切りに来られないかもしれないけどいい? 大丈夫?」
私は少しイライラしてそう聞いた。
「うん。それでもいいよ」
「そっか。わかったよ。ここだったら、さっきの方がマシだった感じ?」
そう聞いたら、また頷いた。
「戻る?」
「いいよ。戻らなくて。今日はもういい。年内切れないこと少し不安だけど、でも、大丈夫いいよ」
私の行動が息子を追い詰めてしまったのかと思ったら、ちょっとつらくなった。
「わかった。じゃあ、とりあえず今日はやめよう」
そう言って、実は、今さっき、買い物だけして帰ってきたところである。
しかし、とにかく、モヤモヤ、イライラしている。
私のモヤモヤの正体はなんだろう。
どうやら「息子行きつけの1000円カットが1人体制になっていたこと」だけではなさそうだ。
わかるだけ書き出してみよう。
・私が、息子の髪の毛を切りに連れて行きたいのに、今現在「切っていない」という状態であること。
・その「切りに連れて行きたいのに切れていない状態」が一週間近く続いていること。
・行きつけの1000円カットのお店の状態が変わってしまったこと。
具体的には
①1人体制になってしまったことで、待ち時間が長くなってしまったこと。
②1人体制になった理由がわからないこと。
③1人体制になった原因がマイナスの場合、例えば、スタッフと揉めてこの忙しい時期に全員がやめてしまったのだとしたら、オーナーのメンタルが心配。→イライラして対応が悪いのではないか?
④1人体制になった原因が例えば収益の問題でオーナーの決断であり、敢えて、1人でやって行くことにしたのだとしたら、メンタルに問題はないけれど、忙し過ぎて体調は大丈夫だろうか?→いつもと同じくらいの対応をしてくれるだろうか?
⑤もしも、行きつけのお店が潰れてしまったら、息子は、他のお店に馴染めるだろうか? それだったらもう今から他の店にお世話になった方がいいのではないだろうか?
・単に、「思い通りにならないこと」にイライラしている。
・私自身のホルモンの関係で、何もなくてもイライラしがち。
・もうそろそろ1人で髪の毛を切りに行ってくれてもいい年齢なのに、いつまで一緒に行かないといけないのだろうか?
・私でなくて、旦那が連れて行ってくれても良いものだけど、息子が、私でないと嫌だと言っているのがちょっと面倒臭い。
こうして書いてみると、息子の気持ちが置き去りだと思った。
当の本人の気持ちを置き去りにして私がイライラモヤモヤしているし、お店の事情なんてどうにもならないことで、変な心配は余計なお世話だし、そもそも年内にどうしても髪の毛を切らなければならないというわけではない。
息子に聞いてみると、「髪の毛の量が多くて髪の毛を洗うのがちょっと面倒くさい」「できれば髪の毛を切ってさっぱりしたい」ということだった。
それと同時に私ほどは待つことが嫌でもなさそうにも感じた。
あ、もしかすると、それに、私自身が、明日予約した美容院に行かせてもらうことに「自分だけさっぱりしちゃったら悪いな」という罪悪感を持っているということもあるかもしれない。
だったら、2時間待ちでもいいから名簿に名前を書いて髪の毛を切ってもらえばよかったのに、とも思うけれど、その時はそう思えなかったのだから仕方ないよな……。
結局のところ「自分の作り出した妄想のせいでつらくなってしまった私の気持ち」を大事にした行動だったようだ。
待つことを覚悟して出かけたはずなのに、結局、待つことを選択せずに、息子の髪の毛を切ることができていない状態なのは、私が「私がその場にいたくない」という気持ちを優先したからだと合点が行った。
息子の「髪の毛を切りたい」という気持ちを優先できなったのだとしたら申し訳ないと思ったところ、息子の「髪の毛を切りたい」という気持ちは今のところさほど強くないということを知り、それでは、今日のこれはこれでよかったのだと思うことにした。
つくづく自分が面倒臭いが、罪悪感というのは、自分だけ楽しいということが悪いと思う罪悪感というのは、「他の人も一緒に幸せなりたい。自分だけでは申し訳ない」という愛からくると聞いたことがあるので、ああ、私にも愛情があるんだ。不完全ではあるけれど、薄情というわけじゃないのだと思うことにしよう。
息子がどうしても散髪したいと言った時に対応できるように心を落ち着けながら、また、どんな事情かわからないけれど、1人体制になった行きつけの1000円カットのオーナーさんが健やかに過ごせるように願いながら、私も、今日1日の中で小さくてもいいからワクワクできるように過ごそうと思う。