涙と笑顔のあいだ

ひといちばい敏感な小学生ひとりっ子男子の子育てを通し、母として成長させてもらいながら「ライター・小説家」になる夢も諦めない40代主婦のブログ

うちの子に限ってという幻想

ここ2週間くらい、何かと不調だ。

 

どういう感じか、説明する言葉が見つからなかったけれど、今日、旦那に、心境を話していて、なんとなく言い得ている表現が見つかったと思ったのが、「今まで使ったことのなかった体の筋肉を使うことになり、どうにかこうにか使ったものの、うまく使えていないような感じ」だ。

 

致命的なことには、幸い、至っていない。

それは、私がすごいのではなく、周りに助けられて、どうにかなったという感じだ。

 

まずは、子育てで、打撃を受けた。

良かれと思ってやっていたこと、いや、良かれと思っていたというか、様々考えて、迷いながらもそういう接し方を選んできたというか、平たくいうと、過保護すぎる部分で、自分の甘さが出た。

 

ママ友であり、子どもを通して知り合ったけれど、私自身の友だちとも言える人に、気づかないことを気づかせてもらった。

 

それに、もう一つ、いわゆる「うちの子に限って」という発想に知らず識らずの間に包まれていて、子どもが他の子を傷つけていたことを認識できないでいたのだ。

 

そのことにも、なかなか気づけず、彼女が言いにくいことを指摘してくれて、気づかせてもらった。

 

それは、それは、衝撃的出来事だった。

 

そして、そのことを、どう解決するのか? ということもよくわからなかった。

親が、どの程度サポートするのか? 自分で考えさせるのか? 相手の親にお詫びするのか?

 

全てが初めての体験だった。

 

息子が大人しいタイプであるということで、被害者にはなっても加害者にはならないだろうという慢心があった。

 

だけど、成長する上で、様々な変化があり、我が子を信じると共に、人として、間違ったことをしているかもしれない可能性もゼロにしてはいけないということを知った。

 

疑うという訳ではないけれど、人間である以上、完璧などではないのだから。

 

叱ることも苦手だ。

 

息子が繊細であるのがわかっているので、きつい言葉で傷つけてはいけないことを重視していたから、どうしても遠回りな言い方になってしまう。

 

ダメとか、命令形とか、そう言った言葉を避けていた。

 

多分、その言葉を使わなくても、伝えることはできるのだろうけれど、感情的にもなり、なんだか気がついたら、私が泣いていた。

 

泣いたことで真剣なことは伝わったようで、苦手な「ダメ」も使って、本人の口から謝るという言葉を引き出せた。

 

でも……。

 

息子が泣きながら、悔しい気持ちも伝えてくれた。

息子が、お友だちの話を聞こえないフリをしたのは、その前の、その子の態度が嫌だったからなのだということも、知ることができた。

 

そうだったんだね。

でもね、だからと言って、「聞こえないフリ」はしちゃダメだよ。

 

お友だちは、息子に「無視された」と感じて、傷つき、また、息子に対して、睨むという抵抗をし、そして、息子がそれにまた傷つき……。

 

翌朝、息子が震えながら「話したいことがあるんだけど」といい、その子が「何?」と言って「聞こえないフリをしてごめんなさい」と言ったのだ。

 

そうしたら、その子が頷いて「もうしないでね」って言って……。

 

ホッとしたのか息子は「どうしてあんなことしちゃったんだろう」って言いながら泣いていた。

 

背中を押してどうにが学校へ送り出した。

 

その日は、どうしたかなってずっと気になっていたけれど、相手の子が、話しかけてくれて、普通に話すことができたらしかった。

 

ありがたかった。

 

一人っ子ということは、私にとって、息子の子育てが最初で最後。

ずっと初心者で、オロオロするばかり。

 

いいと思ってやってきたことが間違いというか、うまくいかないと知った時、絶望的な気分になった。

これからどうしたらいいのだろうって思った。

 

でも、わからないことを気づかせてくれる本当にありがたい大切な友だちがそばに居てくれること、そのことが本当に幸運なことなんだなって思った。

 

それ以外にも、色々あって、今、咳喘息とやらになり、なんだか浮かない。

 

でも、それでも、こうして文章にしてみたら、いかに、恵まれているかに気づけた。

 

不調なときは、まずは、目の前の一歩をしっかり踏んで、どうにか乗り切ろうと思う。