涙と笑顔のあいだ

HSC(ひといちばい敏感な子)高1ひとりっ子男子(2024年4月現在)の子育てを通し成長させてもらいながら、日常のモヤモヤの純度を上げるべく綴る50代ライターのブログ

自分を掘り下げることが結果的に読み手を意識することにつながるのかもしれない……

6月からライティングを学び

今、5か月目だけれど

「ライティングとはそういうものか!」

と掴みかけては

指の間をすり抜けて行ってしまうような

もどかしさを感じる日々が続いている……

 

自分の思いを熱く語るばかりでは

読み手に届かず

かといってそこに熱い思いがなければ

やはりそれは届かない

 

自分を大事にしすぎても

相手を大事にしすぎても

何か違う

 

ライティングを学ぶ仲間の中には

自分の思いを熱く語りつつ

読み手を自分の世界に引き寄せ

しかも幸せな気持ちにさせる人もいるし

 

温度はむしろ低く感じるのに

ぐっと惹きつけられる文章を書く人もいる

 

同じ50音の文字の並びを変えただけなのに

全く違った世界観が作られるって

本当に不思議だ

 

仲間を尊敬したり嫉妬したりしながら

自分の嫌な部分とも向き合いながら

どうにか

書き続けているのだけれど

ふと思ったのは

自分を掘り下げることによって

多くの自分以外の人との

共通点が見えてくるのではないかということ!

 

人の文章を読んでいて感じるのは

作者が、独自の視点で切り取りながらも

何故か不思議と懐かしいというか

そんな思いや記憶があるような気がするのは

表面だけを見ていると

自分と全く違うと思う人にも

自分と似ている

あるいは

同じ部分を認めることがあるからだろうと

気づいた

 

そして

自分を掘り下げて

嫌な部分とも向き合って

それを読み手にわかりやすい言葉で

伝えることができることに

憧れているんだろうということに気がついた

 

私にできるだろうか?

 

せっかくの秀作を読ませてもらっても

分析がうまくできず

ただ

「感動しました」

と感想しか言えていない自分に

できるのだろうか?

 

書き手としても

読み手としても

まだまだ不充分

いや

おそらく充分だなんていう状態には

なれないかもしれないけれど

少しずつでも

らせん状でも

登っていきたいと今思っている気持ちを

大切にしよう!