数日かけて、ある本を読んだ。
それは、『ママ、怒らないで。不機嫌なしつけの連鎖が及ぼす病』という本だ。
著者は精神科医である旦那さんの斎藤裕さんとカウンセラーである奥さんの斎藤暁子さん。
このお二人による「幸せ子育てセラピー本」ということだ。
「親子関係」のランキングで現在5位になっていて、今、amazonで品切れ中らしいが増版中と聞いている。
私がこの本と出合ったのは、この本の著者であるお一人の斎藤暁子さんが主催する「HSCの書籍制作プロジェクト」にクラウドファンディングを通して参画したからだ。
斎藤暁子さんはkokokakuさんというお名前で、そのプロジェクトでは活動されている。
私が参画している「HSCの書籍制作プロジェクト」は「HSC(ひといちばい敏感な子)という言葉を多くの人に知ってもらいたい!」そして、「敏感で繊細、だから不登校になりがちな子供と親が、もっと幸せを感じる社会になるように」という思いを元に立ち上げられたものだ。
私と同じように書籍制作チームとして参画している人もいれば、安心安全な居場所づくりとしてコミュニティ構築チームという形で参画している人もいるし、それ以外にも、様々な形でこのプロジェクトを応援してくださっている方々がいらっしゃると聞いている。
私の小4の息子はおそらくHSCと思われ、今は特に嫌がらずに登校しているけれど、幼稚園の時と小学校低学年の時は、よく行き渋っていた。
だから「HSCが過ごしやすい社会」を目指すことは、私としても願いなのでプロジェクトに賛同した。
しかし、制作の作業が始まって驚いたことがあった。
HSCという概念は今から約4年半くらい前に知っていたから、よく知っているつもりだったのだけれど、この書籍制作に携わったことによってまさに「知ってるつもりになっていた」ということがわかったのだ!
本当に恥ずかしいほど、わかっていないことだらけだった。
というのは、一言で「HSC」とか「ひといちばい敏感な子」といっても、本当にさまざまな特徴があるということだった。
敏感に反応する対象が違ったり、その敏感さの程度もひとりひとり違う。
もちろん、共通する部分もあって、例えば、息子も「HSC」の“あるある”話を聞いて「俺とおんなじだ!」と言うこともあるのだけれど、「これはないな」という時も多い。
私は、HSCと思われる息子を10歳まで育ててくる中で、苦手と思われること、例えば、「避難訓練」や「スイミングスクール」を「スモールステップ」で克服させたと思っていたのだけれど、そのやり方が多くのHSCにとって万能ではないどころか、「克服させた」と思っている姿勢そのものが私の傲慢ではないかと気がついた。
息子の話を聞くときも、彼の意思を尊重しているつもりになっていたけれど、私が言葉では言わなくても、私の「こうしてくれたら嬉しい」という思いを汲み取って息子が選択していたかもしれないと思うのだ。
そんな自分の子育てについて振り返りながら過ごす中で、この本「ママ、怒らないで。不機嫌なしつけの連鎖がおよぼす病」を手に取った。
正直にいうと、「今子育てに悩んでいるから」というよりは、「今一緒に作っている書籍のメインの著者である斎藤さんご夫婦が書かれた本なので、一度読んでおこう」と思ったのがきっかけだった。
軽い気持ちだった。
しかし、その本をめくった時に、グッと胸に迫るものを感じた。
最初の方にあるイラストを見ていて、息子が小さい時や、自分が小さい時について思い出されたのだ。
息子が私のことを大好きだという思いと、私が母のことを大好きだという思いが重なった。
そして、私も「今、母はこう思っているだろうな」ということを実現させることにすごく努力したことを思い出した。
それには、時に苦しみを伴ったことも……。
ああ、息子に不機嫌な表情や、声色を最近よく指摘されるよな。
私の母はどうだったろう?
私が話しかけると笑顔を作ってくれたけれど、結構しかめっ面をしていたかもしれない。
私はどうだろう?
しかめっ面をしたまま息子に対応していないだろうか?
ここに書かれているような、子どもを傷つける言葉を直接両親にかけられた記憶はない。
しかし、「しっかりと」「ちゃんと」「正しく」というような無言のメッセージを受け、そうなるように努力しないとダメなんだと思っていた気もする。
この本には、自分を育ててくれた親に謝らせることが目的ではないけれど、過去の自分の感情を受け止める上で、自分を責めるのではなく、不適切であった親の言動や態度を「親のせいだった」と認識してもいいのだと書かれていた。
だけど、私の場合は、実はまだ、親のせいだったという認識にはなれていない。
「親は一生懸命やってくれたんだ」
という認識の方が強いし
「言葉で何かを強要したわけじゃない」
と思っている。
しかし、それは、私が息子に対して、言葉ではなく態度で「こうしてくれたらいいな」と表していることをよしとしているのかもしれず、息子も、かつての私のように、「ちゃんとしなければならない」といった息苦しさを感じているのだろうとも考えられる。
読んだからといって、すぐに「はい、そうですか」というわけにはいかない……。
この本を読んで、気持ちが救われる人も多いと思う。
すぐに変われる人もいるだろう。
しかし、私は、まず、「自分の本当の気持ち」というものをまだよくわかっていない気がする。
私の癖として、自分の負の感情を認めにくいところがある。
だから、時間はかかると思うのだけれど、小さい時の自分の気持ちを思い出して、それを抱きしめることによって、息子の気持ちにも寄り添えるようになりたいなと思っている。
子育ての問題が、自分の問題であるということを気づかせてくれたこの本に感謝する。
この書籍制作プロジェクトに参画して本当に良かったと思っているが、その理由がまたひとつ増えた気がする。