涙と笑顔のあいだ

ひといちばい敏感な小学生ひとりっ子男子の子育てを通し、母として成長させてもらいながら「ライター・小説家」になる夢も諦めない40代主婦のブログ

人との別れの、残された方

最近、なんだか、ちょっと、寂しい。

旦那ともうまくいっているし、息子とも意見を言い合いながらも、仲良くやっている。

友達とも、職場の仲間とも、何かトラブルがあったわけじゃない。

 

なんというか、ちょっと置いてけぼり感を味わっている。

 

理由は様々だけど、例えば、職場とか、あるいは、PTA活動とかで、今すぐとか、来年度とか時期もまちまちだけど、辞める、卒業するって人が多い。

 

ああ、あの人とも、この人とも、もう一緒に同じ方向を向いて活動できないんだなって思うと、寂しくて仕方ない。

 

理由はそれぞれだけど、おしなべて、皆、「本当の自分の心の声に従っている」感じだ。

 

もしかしたら、それが羨ましいのかもしれない。

 

彼女たちの門出を、一緒に喜んであげないといけないのだけれど、表面的には、喜ぶことはできるんだけど、そこに100パーセント気持ちがいかないことがね、なんだか、情けない。

 

PTA活動に関しては、「できる範囲でならお手伝いしたい」「学校に関わって情報が欲しい」とか打算的なものがあれど、後一年、お手伝いしようと決めたのは、自分なんだけれど、「もしも、誰か他の人がやってくれるのだったら、喜んでお譲りしたい」気持ちも、確かにある。

ぶっちゃけ、やらないで済むなら、もう2年もやったし、やりたいくない。

限られた時間、もっと自分に使いたい、文章も書きたいし、本も読みたい!

でも、引き継ぎは、やらないと、ずっと後悔しそうだし、やるって決めた。

しかしながら、経緯がどうあれ、辞めることができる人が羨ましいのも事実。

 

会社の仕事も、大変なこともあるけれど、やりがいはあるし、それこそ、子ども関係の都合で融通を効かせてもらえることにも、本当に感謝している。

微力ながら、お役に立てているのならと思って、やっているのだけれど、側で、「本当にやりたいことに出会えた人」がチラチラ見えちゃうと、これって、私の本当にやりたいことなのかな? って考えちゃって……。

 

「〇〇すべきじゃなくて、〇〇したい気持ちが大切」って聞いて、久しくて、でも、どうしても、今、何をすべきなんだろう? これやらないと、困る人いるだろうな! とか、他人軸で考えちゃうところがあって、〇〇したいって言って、この場を離れてしまったら、いけない気持ちが強い。

 

だけど、もしかして、誰かがやらないといけないことがあって、それが、心底、嫌というわけではなかったら、敢えて、それを笑顔で引き受けるのも、一つの勇気なのかもしれないとも思う。

もちろん、絶対に、どうしても嫌なことは、断っていいし、断るべきだけれど。

 

自分の意思で、「人助けをする」って、「ここでもう少し頑張る」って、決めたんだって思えば、人に流されて生きているわけではないはず!

 

そう思って、少し気が楽になったと思いきや、余計に肩に力が入ってしまった。

それを見ていた旦那が

「決めたからって、次の瞬間気持ちが変わったっていいんだよ」

と言ってくれたから、ちょっとホッとした。

 

そうだ!

仲間を見送っても、寂しくても、ここで、もう少し頑張ってみるんだ、私。