涙と笑顔のあいだ

ひといちばい敏感な小学生ひとりっ子男子の子育てを通し、母として成長させてもらいながら「ライター・小説家」になる夢も諦めない40代主婦のブログ

「このままでいいのか?」と考える癖、また、出ましたが……

私の癖のひとつは、なかなか厄介なものだったりする。

 

いろいろと新しいことに挑戦し、うまくいったり、そうでなかったりしながら、試行錯誤して、どうにか、軌道に乗ってくると、「このままでいいのか?」という思いがむくむくと湧き上がる。

 

軌道に乗るといっても、全て完璧になんてなっていないけれど、いくつかの問題を抱えながらも、なんとなくルーチンワークになってきた頃にそう思うことが多い。

 

「万年、モラトリアム」ともいうべき、厄介な癖。

厄介と言いながら、そういう自分のことを嫌いではないのだけれど……。

 

しかし、一人で悶々としているだけならいいかもしれないけれど、必ずと言っていいほど、旦那を巻き込む。

 

「あのさ……」

そう話を始めると、あーまたその時期が来たという目で見られる。

 

結婚してよかったというか、ああ、いい人と結婚したなと思うのは、そうした、ある意味、不毛とも言える、しかし、私にとっては大事な「モラトリアム問答」に真剣に向き合ってくれるからだ。

 

今日も、例によって、そんな話になった。

仕事にしても、PTAにしても、嫌というわけではないけれど、自分軸でやっているというよりは、「役に立ちたい」「いい人だと思われたい」というような気持ちが強く、目の前のことをどうにかこなしているという感じなのだ。

 

自分軸で、ワクワクしながら、さらに、人の役に立つ行動をする仲間が周りに多く、そうした報告を聞くたびに、素晴らしいと思いつつ、焦りもでる。

 

大分前から、何かやりたい! 成し遂げたい! と思って、いろいろ資格をとったり、勉強したりしながらも、直接それを使って、活躍できていない自分にもがっかりしている。

 

ところが、今日、旦那に言われて、「え?」って思ったことがあった。

目から鱗が落ちたのだ。

 

今まで、縦軸でいろいろ学んで来たと思うけれど、君は、横軸で考えた方が、ご機嫌に過ごせるのではないか? ということだった。

 

最初、なんのことかよくわからなかったけれど、「ほめ達認定講師」「子育てハッピーアドバイザー」「社会保険労務士」「AFP」などの資格を持っていながら、その専門性を活かした活動をすることに及び腰なのは、何かの専門家になって話すことに興味がないか、あるいは、向いていないからのではないか? そうかと言って、それらの勉強が無駄というわけではなくて、君がハッピーでいられる状態というのは、目の前にいる人、特に、自分よりも若い人が、何か悩んでいた時に、「こういう考え方もあるみたいだよ」とか、「あなたには、こうしたいいところがあるから、これが向いているかもしれない」とか、知識とか知見を、必要な人が必要な時に、伝えて、相手に喜ばれることなんじゃないか? と言われたのだ。

 

あ! 確かに!

 

さらに、学ぶことが好きなのは、そうした「知っていること」「人に伝えたら役に立ちそうなこと」を増やすためと、自分自身が、学んで「なるほど!」とアハ体験をしたいからなんじゃないかな? とも言われ、図星で恥ずかしくなるほど、合点がいった。

 

そう考えてみると、確かに、私は、自分よりも若い人たちと話をすることが好きだ。

自分のたまたま知っていることで、その人が知ったら、役に立つかもしれないと思うことを伝えることも、それが、当たっていることも、大好きだ。

自分が、与えるばかりではなく、彼女たちと話をしていると、力をもらえ、学ばせてもらえ、すごく元気がでる!

 

え? じゃあ、今の状態が、結構、いい感じってこと?

 

何者かになりたくて、何か、バーンと人に堂々と言えるような職業というか、肩書きというか、そうしたものが、実は欲しかったけれど、そうした、見上げるような、相当頑張らないと手に入らない、しかも、どう頑張ったらいいのかもわからないようなものになろうとするよりも、目の前のご機嫌に生きられる状態に感謝するべきなのではないか? と、思った。

 

でも、そこは、私のことだから、まだ、模索したい。

 

今すぐ、は、やるべきことがありすぎて、難しいかもしれないけれど、その横軸でのご機嫌をずっと手に入れ続けられる、他者も自分も、ウィンウィンな仕組みを考えたいな。

あ、もちろん、私専用のオーダーメイドの。

 

そうはいっても、今回、旦那が私の特性に気がついてくれたおかげで、有意義な発見があった。

 

ありのままに近い状態でいられる空間、そして、それを受け止め、アドバイスしてくれる人は本当にありがたい。

 

何か、目に見える成果がないことに、焦ってしまうけれど、もしかすると、「出会えてよかった!」と思える人に出会えたり、ご機嫌に過ごせる時間を長く持てている状態こそ、生まれてきた意味であり、感謝し、誇りに思うべき尊いことなのかもしれない。