涙と笑顔のあいだ

ひといちばい敏感な小学生ひとりっ子男子の子育てを通し、母として成長させてもらいながら「ライター・小説家」になる夢も諦めない40代主婦のブログ

息子の水やり当番に巻き込まれた話

息子の通う小学校の4年生には、夏休みに「水やり当番」というものがある。

 

1組から3組、各クラス1名ずつで、毎日3名。

協力して、人参の種まきをした畑に水をまく……そう聞いていた。

 

確かに、「もしも用事がある日は、当日連絡をしてください。その場合、他の日にちでもいいので、夏休み中、一回は水やりをしましょう」と書いてあった。

「誰かと交代してもいいです」とも書いてあった。確かに。

 

予定表を渡されて、確認すると、息子が当番の日は特に用事がなかったので、面倒なことにならなくてよかった! そう思っていた。

 

だから、まさか、当日、あんなことになるなんて思わなかったのだ。

 

「ユウ、2組と3組は、誰と誰?」

もうすぐ水やり当番というある日、私は、息子に聞いた。

名前を聞いたら、私も知っている子と、知らない子だった。

「その子はどんな子?」

「優しい人だよ」

二人とも女の子だと聞いて、大丈夫かな? と少し思ったけれど、むしろ4年生くらいの女の子はしっかりしているし、指示してもらって、動く方が息子にとっても楽かもしれないとも思った。

「じゃあ、安心だね」

そんな風に楽観的になっていたんだけれど……。

 

当日。

帰り道は、どうにか一人で帰ってこられるようになったから、行きだけ、途中まで送れば、問題ないと思っていた。

けれど、私が「ここまで」と決めていた場所まで送っていったのに、息子は、不安だと言ってベソをかき出した。

 

もう!

私はイラついた。

「じゃあ、あそこまでね! あそこから、ユウが学校の門に入るのを見届けたら、帰るからね!」

自分でもビックリするくらい刺々しい声のトーンで、私は吐き捨てるように言った。きっと、目もつり上がっていたはずだ。

 

息子は、本当は、門まで来てほしかったけど、今、それは私に受け付けられない希望だと悟ったように、ガックリ肩を落として、トボトボと歩き出した。何度も、何度も振り返りながら。

 

私は、息子には悪いが、その時、完全に他の子と比べていた。

 

ああ、水やりをもうすでにやったという子たちは、なんの問題もなく、できたと聞いていたのに、息子ときたら、なんて怖がりなんだろう。

 

私にとって、最初、「ここまで」と決めていた地点まで送ることさえ、「譲歩」だったのに、そのラインすら超えてしまったことに怒りを覚えていた。悲しくさえあった。

 

不安がる息子の気質は、理解しているつもりだったけれど、私の態度は本当の意味で、受け入れてはいない証だったかもしれない。

 

だけど、その時の私は、もうこれ以上、甘えさせてはいけない! 息子は、勇気を振り絞って、あの門をあけ、一人で約束の場所に行かないといけない! と鼻息を荒くしていた。

 

振り返る息子に、早く行け! とばかりに、手でシッシッとするようにジェスチャーで伝えた。

 

悲しそうな後ろ姿だった。

 

それでも、どうにか、門に入ってしまえば、もう、同級生もいて、事なきを得るはずだった。

しかし、門の前で、首を横に振り続け、息子は立ち止まったのだ。

 

もう!!!

私は、全身で怒りを表しながら、息子に近づいて行った。

どうして、それくらいのことができない!

なぜだ! なぜなんだ!

そう、態度で語った。

 

門の前について、どうにか深呼吸して

「じゃあ、ここで、見てるから、中に入って!」

怒りを鎮めて言ったつもりだったけれど、鎮まってはいなかったかもしれない。

息子は、首を横に振っていたけれど、私には、もう、ここがデッドラインだった!

 

門の中に入った、負けだ。

何にかわからないけれど、私たち親子は、何かに、負けてしまうと思った。

「ここまで精一杯! 行って!」

観念して、息子は、門の中に入っていった。

 

あれ?

息子の背中を見送りながら、ここでようやく、私は、時間が過ぎているはずなのに、同級生の姿がないことに気がついた。

あれ? どういうこと?

 

牛歩とはこういうことことだろう! というほどの歩幅で職員室の前に向かって行った息子だったから、まだ、目的地までの道のりは遥かだった。

「ねえ! 職員室のドアをノックしてさ、先生に『水やりにきました』って言いな!」

私は、大声で、それを伝えた。

息子は、絶望的な顔をしていた。

首が飛んで行きそうなほど、横に振っていた。

 

はー!?

もしもの場合は、水やり手伝うからさ、職員室ノックだけでもしてくれよ!

そしたら、お母さん、門の中に、入るからさ。

多分、ユウが、職員室ノックしてくれたらさ、負けじゃないよ。きっと、勝ちだよ。だから、頑張ってくれよ!

 

心の中で、私は、戦っていた。

何と戦っていたのかはわからない。

さっきよりも、息子の状況が悪化し、きっとこれは、親が助けていい状態だと理解しかけてはいたけれど、それでも、目の前のそのハードルだけは、どうにか、飛び越えてほしかったのだ。

それだけ飛び越えてくれたら、全力で応援するから、頼む、頼むよ!

そう願ったのだけれど……。

 

息子は、しゃがみこみそうなほど小さくなってしまっていた。

 

だから、私は、はーっとため息をつきながら、重いその扉を開けた。

 

私は、一度、無言で、息子の肩を抱き、ここまでよく頑張ったとも思った。

しかしながら

「やっぱり、難しかったか、一人で職員室に行くのは?」

と聞いた。

「うん」

そう言った息子は、悔しいというよりはホッとした顔をしていた。

「そうか。惜しかったな。まあ、だいぶ頑張ったけどさ。じゃあ、行こう」

そう言って、私たちは職員室に向かった。

 

当直の先生は、あまり、水やり当番について詳しくなかったみたいだった。

何やら、説明の書かれた紙を見ながら、蛇口の回すところを渡された。

勝手に水が出せないように、わざと、取ってあるようだった。

「すみません。子どもたち三人でやると思ったんですが、今日は一人なんですかね?」

「ああ、そうみたいですね」

「そういう日もあるのですか?」

「そうですね……」

先生は煮え切らなかったけれど、はっきりしていたのは、どう見ても、ここには、息子と私しかいないことだった。

「息子一人では難しそうなので、私も手伝っていいですか?」

「はい! それは、もちろん!」

何をするかよくわからなかったし、夏休み前に口頭で一度説明を受けただけの息子の誘導だけでは心もとなかったので、先生に許可をもらって、その説明の紙を写真で撮らせてもらい、人参の畑に向かった。

 

「どこ? あの黒いカバーがかかっているところ?」

手伝いというよりは、私がメインで息子が手伝う感じになってしまった。

当初は、近くまで、送って帰るつもりだったから、靴下も履いていなければ、帽子も被っていなかった。

 

本来であれば、蛇口の係、水を撒く係、ホースをさばく係に別れるようだった。

ホースは30mくらいあった。

これは一人では難しい。

一緒に来て、よかった、と、その時初めて思った。

 

帰り道、先生にもらったゴーヤを手に持ちながら、

「あれは、大変だったね。ハプニングだったね」

と言ったら、

「一人じゃ無理だよ」

少し息子が笑っていた。

 

「今回は、来て、手伝えてよかったけど、お母さん、もう少しだけ、ユウに勇気を持ってもらいたかったんだ。だから、ちょっと厳しく言ったんだ」

「うん。わかってる。ごめん」

 

思いがけず、水やりに巻き込まれてしまって、なんだかんだと笑えてきたけれど、正直、よくわからなくなった。

 

息子の繊細さはわかっているつもりだけれど、でも、もう少し、もう少しだけ、心を強く持ってもらって、できた! ってことを増やしてもらって、自信をつけてもらいたかったんだ。

 

その気持ちが強すぎて、あんなに怖く、あんなにイライラしてしまったんだな。

 

もう少し、もう少しだけ、もっと早く、息子に寄り添ってあげるべきだったのかな。

 

いろいろと考えていたら、泣きそうになった。

 

ああ、私もまだまだだな。

 

そうは思ったけど、頑張ったから、よし、ということにした。