涙と笑顔のあいだ

HSC(ひといちばい敏感な子)中1ひとりっ子男子の子育てを通し成長させてもらいながら、日常のモヤモヤの純度を上げるべく綴る40代主婦のブログ

息子と「おじいちゃん」

息子にとっての「おじいちゃん」は、ふたり居る。

ひとりは息子が1歳の時に亡くなってしまった旦那の父で、もうひとりは私の父だ。

 

亡くなってしまった人と生きて居る人。

 

普通に考えれば、生きて居る人の方が親しく感じるはずだと思うけれど、本当にそうだろうか? って考えた。

 

なぜなら、義父のお墓には年に4回ほどお参りしているのに加え、ひと月かひと月半の割合で訪れている旦那の実家の仏壇には行くたびに手を合わせているのに対して、私の父とは、年に数回しか会わないし、そんなに話すこともないからだ。

 

人によって違うかもしれないけれど、「おじいちゃん」という存在は、下手をすると、親戚の中でも割と遠い存在になってしまう気がする。

 

私にとっての「おじいちゃん」は、父方は、私が生まれる前に亡くなっていたし、母方は、記憶にあるのは、こたつに入って黙ってるか怒ってるかの姿か、病院のベットに寝ている姿しか覚えていない。

 

残念ながら、一緒に遊んだ記憶はない。

だから、あまり親しい気持ちは、正直……ない。

 

もちろん、大人になって、「おじいちゃん」が居てくれたから私も生きているんだとかそういった感謝の気持ちはあるけれど、「身近な人」というよりは「ご先祖さまのひとり」になってしまっている。

 

だから、体に少し悪いところはあったとしても、せっかく80歳で元気でいる「おじいちゃん」との思い出を、息子にとっていい思い出として残しておけたらいいなと、勝手ながら思ってしまった。

できれば身近な人として記憶してほしい。

そんな気持ちが私の中にふと芽生えた。

 

息子は、私の母のことは、わがままが言えるほど親しく感じているのに、父には、遠慮というか距離をとっている感じがする。

なぜなんだろう? と思って、聞いてみたら、どうやら、小さい時の記憶、正確に言えば、小さい時の自分と一緒にビデオに映っている父が、息子に対して、いたずらを仕掛けていることが、悪い印象の原因のようだった。

 

「別に、嫌がらせしているわけじゃないんだよ」

「でも、あれはひどい」

マッサージ機を、ハイハイしている息子につけようとしている映像を見ながら、息子は言っていた。

それから、「高い高い」をものすごく高く掲げているのも嫌なようだった。

まあね、悪気はないと思うけど……そうか、嫌なんだね……。

 

それから、「おじいちゃん」が、息子が小さい時に作ってくれた、工作のお相撲さんの顔がリアルすぎて怖かったり、とにかく、何かと刺激が強かったようだった。

 

うーん。

 

「おじいちゃん、悪い人じゃないよ。むしろ優しい、いい人だとお母さんは思うけれど……」

そう私の気持ちを伝えながらも、印象をよくするために、無理に仕組んでも仕方がないので、成り行きに任せようと思った。

 

そんな中、変化があった。

 

今日、私は仕事だったので、小学校が春休みの息子を、実家に預けることになっていた。

すると今朝

「おじいちゃん、車の運転するから、マリオカート誘ったらできるかな?」

息子がつぶやいていたので、

「うん。きっとやってくれるよ」

私は、ワクワクしながらそう言った。

 

しかし、仕事から帰ってきて実家に迎えに行って

「おじいちゃんとマリオカートやった?」

って聞いたら

「まだ、話せていない」

と言うから、ちょっとガッカリした。

ところが、続けて

「お母さんから話して」

と言われた。

どうやら、誘う勇気が出なかったらしい。

仕方がないので、私が、父に、一緒にゲームをしてくれるか聞いたら、

「いいよ」

と言ったので、始めた。

 

画面も小さく、父はやりづらそうだった。

あまりうまくできていなかったし、二人とも笑顔も少なかったけれど、終わった後

「なかなかのハンドルさばきでした」

と息子が言っていた。

 

一緒に遊んでみたいと思ったことが、嬉しい変化だし、不器用でなぜか上から目線の発言だったけれど、少しだけ、息子と父の距離が近づいた気がしたから嬉しかった。

 

息子に「おじいちゃん」との時間を大切にしてほしいと思いながら、私自身も、父や母との時間を大事にしようと思った。