涙と笑顔のあいだ

ひといちばい敏感な小学生ひとりっ子男子の子育てを通し、母として成長させてもらいながら「ライター・小説家」になる夢も諦めない40代主婦のブログ

ちゃんとしたいのに、ちゃんとできないことって……ある。

ちゃんとしているか? していないか?

 

それで言うと、私は割と、「ちゃんとしている」ように見られる。

 

それは、喜ばしいことだし、ありがたいことだけど、私の「ちゃんとしている」範囲は意外に狭い。

 

お金を扱う仕事を長年していたことで、やはりお金に関しては、「ちゃんとしている」方だと思うし、人間関係においても、人並みに気遣うことはできていると思う。

 

しかし、ものを片付けることに関しては、全くちゃんとできていない。

恥ずかしながら、雑然としている状態にあんまり気がつかない。

 

だから、ものを片付けられる人のことを尊敬する。

旦那は、とても片付けの上手い人だ。

 

片付けてくれることには、もちろん、感謝しているけれど、それ以上に感謝しているのは、私の苦手を許してくれていることだ。

 

数日前も、旦那が中心になって、部屋を片付けてくれていて、私も、自分なりに精一杯取り組んではいた。

すると

「あ」

あまり普段使わない部屋から、扇風機が出てきた。

しまい忘れていたんだ、何ヶ月も!

 

もしも、旦那じゃなかったら、責められていたかもしれない。

でも、旦那は

「時間ある時頼むね」

そう言うだけだった。

 

「すみません」

 

きちんと片付いた空間にいると確かに気持ちがいいのだけれど、そうでない空間にいる時、おそらくうっすらと気になってはいても、じゃあ、片付けようという感覚になりにくい。

 

そういうのは、褒められたことではないけれど、残念ながら存在するのだ。

 

片付けに関しては、ちゃんとできない私も、お金に関してや、人間関係に関して、ちゃんとしていない人に対して、不満に思うこともある。

だけど、私が片付けをちゃんとできないのと同じように、その人にとって、お金や、人間関係に関して、ちゃんとすることは難しいのかもしれない。

 

人それぞれ、大事に思っていることって違う。

だからこそ、価値観が同じ人との出会いは心地いいんだと思う。

しかし、価値観が違う人と、共存していかないといけない場面は多々あるし、全ての面で価値観が同じ人というのも、まずいない。

 仕事のために、少し無理をしてでもすり合わせないといけないこともあるし、プライベートでも、他に大好きなところがあるから、本当は、あまり喜ばしくないところも受け入れないと一緒にいられない場合もある。

 

それに、もしかすると、苦手だからといって全く協力的でないというわけではなく、しっかり行うための方法がわからないだけで、やりやすいように導くことができたら、協力的かもしれない。

 

自分が苦手なこと、相手が苦手なこと、それらをお互いに、個性として受け止めて、サポートし合えたら、1+1=2以上になれるかもしれない!

 

自分の苦手を許してくれてサポートしてもらうと、相手の苦手も許す気持ちになれる。

 

もしかして、そうやって助け合うために、苦手なことは存在するのかもしれない!!

 

あ、だけど、そうやって正当化して片付けないのは、あまり良くないとは思う。

家族に甘えながらも、少しずつでも克服していけるように、努力も忘れないようにしよう!