涙と笑顔のあいだ

ひといちばい敏感な小学生ひとりっ子男子の子育てを通し、母として成長させてもらいながら「ライター・小説家」になる夢も諦めない40代主婦のブログ

「みんななかよく」は正義なのか?

「さわやか3組って知ってる?」

YouTubeを見ていたら、それが出てきたらしく、息子は私に聞いてきた。

「知ってる気もするけど、どうかな?」

歌を流してもらったけれど、聞き覚えはなかった。

ネットで検索してみると、1987年4月から2009年3月まで、NHK教育テレビで放映されていた小学生向けの教育ドラマだった。

年齢が合わない。

「お母さんが知ってるのは、「口笛吹いて〜空き地へ行った♪ っていうやつだよ」

「なにそれ?」

「題名なんだっけな……」

さっき浮かんだ歌を思い出して、脳内で歌っていたら、あ、と思い出した。

「『みんななかよし』だったかも」

早速、息子が検索すると、iPadから懐かしい歌が聞こえてきた。

「それだ!」

『みんななかよし』は1962年4月から1987年3月まで放送されていたらしい。

うん、これだ。

確か、道徳の時間に教室でクラスのみんなでテレビを見ていた気がする。

ドラマの内容はよく覚えていないけれど、題名からすると、トラブルがあっても結局みんななかよくやろうという話だったのかな?

 

おぼろげな記憶によると、私の在籍していた3年1組の教室の壁には、「みんななかよく!」というようなスローガンが紙に書いて貼ってあって、学級委員だった当時の私は、いじめに繋がりそうな仲間はずれのような雰囲気を察すると、

「学級会でみんなで話し合いたいのですが」

と先生に提案したりして、なかなかの正義感の振り回しっぷりだった記憶がある。

 

当時の私は、「みんななかよく!」を信じていたんだな……。

 

今の小学校でも、「みんななかよくしましょう!」って、殊更に言うんだろうか?

疑問に思って息子に聞いたら

「言うかな? 言わないかな?」

とはっきりしなかった。

 

みんななかよくできたらいいけれど、おそらく、昔も、そう言われて苦しかった人もいるんだろうなと思う。

私自身は、とりあえず、表面的にも、同じクラスなんだから、協力しあおうよ! って思っていたけれど、私みたいな正義感を振り回すタイプを、煙たく思っていた子もきっといただろうなと、今はわかる。

 

大人も、全員と仲良くできないように、子ども同士だって、好き嫌いや、合う合わないはあるだろうから、仲良くすることを強要するのはよくない気もする。

でも、だからと言って、合わないからと排除するのはもっとよくないけれど……。

「尊重し合う」

もしも、それができたらいいんだろうなとは思う。

 

息子の性格は、私と似ているところもあるけれど、学校のクラスのような人が集まる場所でのスタンスは全然違う気がする。

男女差もあるだろうけれど、性格も違うんだろうな……。

 

例えば、昔の私だったら、企画していたようなクラス全員の遊びに、息子は、参加しないことが多いみたいだ。

 

たまたま、授業参観で、学校に行った日は雨だった。

中休みに、息子は1人で自由帳を書いていて、クラスのほとんどの子たちは、輪になって、ハンカチ落としをしていたのをみたことがあった。

そのことが気になって、家に帰ってきてから息子に聞いた。

「ユウは、ハンカチ落としやらないの」

「うん」

「どうして?」

「特にやりたくない」

「そっか」

よくよく聞くと、「クラス遊び」といって、どうしても全員参加しないといけないときは遊びに参加するけれど、自由にしていいときは、入りたくないと言う。

なるほど。

でも私は、食い下がり

「もしも、ユウ以外の全員が、自由時間だけど、ハンカチ落としをしていたらどうする?」

と聞いて見た。

「そんなことはありえないよ」

と息子。

自分以外にも、参加したくない人は、いつもいると言った。

そうなんだ。

 

みんななかよく……

もしかすると、それは、全員で同じ遊びをすることではないのかもしれないと今更ながら気がついた。

同じ空間で、好きなことをすることを尊重することの方が、素晴らしいことのような気がした。

 

もしかすると、私の中の「みんななかよく」という固定概念に、私自身が囚われて、窮屈になっているのかもしれない。