涙と笑顔のあいだ

ひといちばい敏感な小学生ひとりっ子男子の子育てを通し、母として成長させてもらいながら「ライター・小説家」になる夢も諦めない40代主婦のブログ

知られたくなかった、あなたと出逢うまでの因果~フィクションを書き始めて~

天狼院書店のライティング・ゼミ、そして、ライティング・ゼミ・プロフェッショナルコースで学び始めて、約1年。

 

身の回りのことを題材に、文章を書き始めて、だんだんとネタが切れてきた。

すっかり枯渇したとは言いたくないけれど、なかなか、実際にあったことをコンテンツにするには難しくなってきた。

そうかといって、フィクションとか小説といったものに挑戦してみても、なかなか、面白いものが書けずにいた。

 

私の弱点は、「嘘がつきにくいこと」だ。

フィクションの中でさえ、嘘をつくことが心苦しかったりする。

それって、小説を書く人間としては、致命的だ。

 

そんな私に天狼院書店の店主であり講師の三浦さんが

「一度、小説の中で人を殺してみたら?」

と言った。

「え? 殺しですか!?」

私は戸惑った。

小説の中でも、モラルを破ることは怖かった。

 

だけど、さんざん悩んで、前回、一度、小説の中でひとり殺してみた。

いや、正確には、積極的には殺せなかった。

だけど、「殺したいと思うほど憎い気持ち」「殺したいという意思はないが、結果的に死んでもいいと思う気持ち」「殺すつもりはなかったけれど、その念には、殺傷力があったという事実」など、「殺し」を巡る様々な感情が見えてきた。

 

今、直接、自分が思っていることを書くことと同じくらい、いや、もしかすると、それ以上に、フィクションという「嘘」を借りて、事実よりも恐ろしい人間の感情を表すことは、実は、怖かったりする。

 

「そんなこと考えていたんだ……」

そんな風に、私の人間性を疑われることがおそらく怖いんだと思う。

言い訳のようだけど、普段から「殺し」とかを考えるわけではない。

だけど、追い詰められたとき、もしかすると、そう思うのではないか? という想像はある。

そうか! それを表現するのがフィクション、小説なのかもしれない。

 

今まで書いてみた、フィクションは、実際にあったことの組み換えだったり、事実の延長線上のことを書くことが多かった。

今回は、人の人生相談をヒントに、私とは全く関係のない人をモデルに書いてみた。

 

三浦さんに、よかったよ! と言ってもらえた。

嬉しかった!

 

もしよかったら、みなさんにも読んでいただきたい!

 

どうぞよろしくお願いします!


↓↓↓

 

知られたくなかった、あなたと出逢うまでの因果《プロフェッショナル・ゼミ》

 

 

{03A4641C-5CC7-4C40-A5F2-01A769DDD528}