「みなさんが、このビデオを見ているということは、私がこの世にいないということです。今日は私の葬儀に来ていただきまして、ありがとうございます……」
こう始まる、ベッドに横になった友人が話す動画を見て、私の胸はギューっと締めつけられた。
私が、彼に出会ったのは、今からちょうど一年前の、社団法人日本ほめる達人協会の「ほめ達認定講師養成講座」だった。
「ほめる」というと、心にもないお世辞を言うような印象を持っていたけれど、“「ほめ達!」の「ほめる」とは、『人』『モノ』『出来事』の価値を発見して伝えること”そして“人のコントロールには使わない”と知り、興味を持った。
「ほめ達検定」の3級、2級、1級と受験し、その後、もっと学びたくて、とうとう「認定講師養成講座」まで申し込んだのだった。
その「認定講師養成講座」の18人の同期の中に、宮崎県のお寺のお坊さんである彼がいた。
お坊さんは、いろんな修行をしているだろうに、まだ学ぶんだなあ! しかも、わざわざ宮崎から東京に学びに来るなんてすごいなと驚いた。
他の同期の中にも、北海道や九州など遠くから学びに来ている人も多くいて、それぞれ個性があって、熱い思いを持っていた。その中でも、特に、異色かつ貫禄のある彼は、受講生であると同時に、もう一人の講師のような雰囲気があった。かといって、上からものを言うわけではなく、私の発言にも
「ありがとうございます。勉強になります」
なんて言ってくれて、恐縮しながらも、とても嬉しかった。
彼はスーパーマンのようだった。それは、お坊さんの顔以外にも、たくさんの顔を持っていたからだ。ある時は、整体師として体が不調な人を癒し、ある時は、教誨師として刑務所を回り受刑者たちに法話をしていた。また、家庭の事情で、実の親と暮らせない子どもたちの里親となり、深い愛情を注いでいた。本当に万能! 何でもできてしまう感じの人だった。
彼のたくさんの顔の中に、“自殺防止センター”の電話相談員の顔もあった。相談員として電話で対応する他に、個人的に匿名でメールでも、深刻な悩みを持つ人々と向き合っていたそうだ。また、相談員のメンバーの心の状態についても、とても気にかけていた。
講座の後の懇親会で、彼の側に座った時に、“自殺防止センター”のボランティア活動について、好奇心から聞いたことがあった。
「自殺防止センターって、どんな感じで電話がかかってくるんですか? 相談があるんですけれど……という感じですか?」
「そういう人もいるし、話している間に電話を切ってしまう人もいるよ」
「え? そういう時はかけ直すんですか?」
「相手の番号はわからないようになっているんだよ。だから、かけ直しはできないんだ」
「じゃあ、そういう人が、その後、どうなったかはわからないんですね?」
「そうだね。話を聞いて、気持ちが楽になったと言っても、その後、命を絶ってしまう人もいるしね。その瞬間の命を助けることしかできないんだよ」
「……」
「自殺しようとしている車の中から電話がかかってきたこともあるよ」
「え?」
「まさに、練炭を焚いている状態とか……」
「……死なないように説得するんですか?」
「頭ごなしに『死んではだめだ』とは言わない。話を批判しないで聞く。そして落ち着いた時に『生きたい? 助かりたい?』って聞くんだよ」
「そっか、だからこそ、電話してくるんですね」
「そう聞いて、『うん』って言ったら、『どこにいるかわかる? 教えてくれる?』って聞くんだ。後ろで別のスタッフが警察に電話して、場所とか車のナンバーとか、わかった情報を警察に伝える。パトカーの音が電話越しに聞こえてきて、車のドアをノックした音が聞こえて、警察官が電話を変わって『ご苦労様です』って言われて、電話を切るケースもあるんだ」
「そうやって助かる命もあるけれど……すべての人の命は救えないんですね」
「そうだね」
“自殺防止センター”は、常に人手不足で、電話もつながりにくいらしい。それは、しっかりと研修を受けたボランティアで成り立っているらしい。しかし、研修費用2~3万円を自腹で払って、30時間近くの研修を受けてまで、「心に寄り添おう」という高い志で始めるのに、初めての電話で暴言を吐かれてしまったり、電話で話した人が、その後、命を絶ってしまうと、無力感に苛まれて辞めてしまうことも多いらしい。彼は、そういった相談員のメンバーの心を救うために、「ほめ達!」を学び、それをメンバー間に取り入れようとしていたのだ。
彼と出会えたことを光栄に思った。出会いに感謝し、これから、学びの仲間としてもっとたくさん話を聞かせてもらおうと思っていた。
けれど、半年間の、月1回のその講座が終わって、2ヶ月も経たない頃、彼の体調が悪いようだと噂に聞いた。
気になって、メールを送ってみると、
「ドクターストップで、自宅安静状態です。明日、肝臓の専門医療の病院に行って来ます。いつも、お心遣いありがとうございます」
と返信が来た。
《後編》へつづく……